マトゥラー

マトゥラー
ブラジュ・ブーミ(Braj bhoomi、永遠の愛の土地)はアグラから北西に58km、マトゥラー周辺にある。
現実の世界に存在したことが再発見されるまでは、ヒンドゥー教徒の集団的な意識の中だけに存在しているだけの、架空の土地だった。

マトゥラーは、ヒンドゥー教の昔の文献に記述があることから、クリシュナが生まれた場所と考えられている。クリシュナは後に、自分自身がヴィシヌ神の化身であることを明らかにした。
今日では想像しがたいが、マトゥラーはもともとは仏教徒の修行の中心街だった。20ある仏教僧院に3000人もの僧侶が押し寄せたときもあったが、8世紀になり、インドの北部全体でヒンドゥー教が仏教を駆逐すると、街は衰退し始めた。
1017年には、アフガンの将軍ガズニーが仏教とヒンドゥー教の寺院の大部分を破壊し、征服を完了した。
16世紀に入り、マトゥラーがクリシュナの生誕の地であることをヒンドゥー教徒の学者が確認すると、街の復興が始まった。しかしその活動は、アウラングゼーブがケサヴァデオ寺院(Kesava Deo Temple)を破壊したことにより、つぼみのうち摘み取られてしまった。この寺院こそが、クリシュナが実際に生まれた場所とされている。アウラングゼーブは、この寺院跡にモスクを建設した。
1757年、マトゥラーはアフガンのアブダリ王によって焼き払われた。だが、重要な宗教的伝統があるマトゥラーは立ち直り、今日は多くの人々で賑わう宗教の中心地となっている。8〜9月に行われるジャンマ・アシュタミー(Janmastami、クリシュナの誕生日)のお祭りの時は、マトゥラーではほとんど身動きがとれなくなるほどだ。
ドワルカドヒーシュ寺院(Dwarkadheesh Temple)は全体的に装飾がほどこさられ、数千ものの巡礼者とサドゥ(Sadhus、ヒンドゥー教の行者)がクリシュナ誕生を感謝するために訪れる。

観光スポット
マトゥラーを流れるヤムナー川にはガート(階段あるいは踊り場)が並んでいる。
ヴィシュラーム・ガート(Vishram Ghat)は最も貴重な沐浴のためのガートで、クリシュナがカンサ王を殺害した後に住んでいた場所と伝えられている。ボートを借りて川の上でのひと時を楽しむことができる。
ヴィシュラーム・ガートの傍らにあるサティーブルジュ(Sati Burj)は、ジャイプールのべハリ・マル(Behari Mal)の息子が、母の死(夫が死ぬと妻は夫の葬式用の薪で焼身自殺するため。これはサティーと呼ばれ現在は禁止されている)を悼み、1570年に建設した4階建ての塔。アウラングゼーブは上の方の階段を破壊したが、その後再建された。
周囲のバザールには、宗教的儀式の供え物などを売るカラフルで小さな店が多数並んでいる。
クリシュナ・ジャンムブーミに続く細い路地には華麗な入り口がある。これはドワルカドヒーシュ寺院(Dwarkadheeh Temple)へと続いている。この寺院は、セス・ゴカルダス(Seth Gokuldass)がクリシュナを讃えて1814年に建設したものだ。
イスラム教徒が多い地域には、アブオン・ナビル・カーンが1661年に建てた古代のジャマーマスジットがある。
川岸にある廃墟の砦のカンズー・キラー(Kans Qila)は、アンベールの貴族、マン・シン(Man Singh)が建設したものである。